稲刈りと呼吸

ゆっくりと、でも確実に巡る月日の中で、今年も稲刈りの季節がやってきた。

今年で5年目の田んぼ。

無肥料無農薬不耕起栽培に切り替えてからは3年目。

品種は亀の尾。

毎年毎年同じ田んぼでも、全く違う状況に巡り会う。

僕ら自身も変わり、一緒に手伝ってくれる人も変わる。

天気も、稲の成長具合も、田んぼを取り巻く何もかも全てが毎年初めて出会う景色。


今年は倒伏も無く、病気も出ず、ただイボ草という草がジャングルのように繁茂してしまった。

バインダーという機械で刈れれば速くて楽なのだが、繁茂したイボ草に絡まって苦戦することは目に見えていた。

なので初めから全て手刈りでやることを覚悟した。


全て手刈りでやるなんて久しぶりのこと。

腰も痛くなるし、疲れる。

なんとかそこを超えられないかと考え、ふと思いついたのが、最近僕の中で流行っている腹から声を出し、腹で呼吸をするということ。

声を出しながら刈ってみたらいいんじゃないか!と閃いた。


鎌で狩る瞬間に「はっ!」とか「ふんっ!」とか、なんでも出しやすい音を腹から出して刈っていった。

腰を痛めない様に、膝をついて。

すると、不思議なことにひとつひとつの動作に、作業に、呼吸らしきものが宿り、この呼吸を乱さないように自分のペースを掴んでやってみると、疲れるという現象が起こらずにどこまでも勢いを落とすことなく最後までやり抜くことが出来たのだ。それは一緒になってやっていたたくやにも起きた現象だった。

目の前の稲に、田んぼそのもにも、生命流れる全てに呼吸がある。そこに自身の呼吸を合わせることが出来なたなば、常にその場から底なしのエネルギーが力となって入ってくるのかもしれない、そんなことを感じた。


まだまだ自分の体の未知なる可能性を力を感じ、それが使えていないだけで確実にあることが見えた、今年の稲刈りはそんな世界だった。


まだまだ広がることができる。

大きくなることができる。

それは年齢とかに囚われずに進んでいく命の大きな底力。







みみをすます

奥会津金山町の山のてっぺんにある宿

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