舞茸

ある日突然、僕らの日常の中に、暮らしているこの土地に、地熱発電の開発の話が国から入ってきた。

一瞬にして、悲しみ虚しさ怒り・・・いくつもの重たい感情に飲み込まれていった。

温泉が枯れちゃう・・・この山々の水脈が壊されてしまう・・・

そんなことは嫌だ!これはなんとしてでも止めないと!と、気がつくと熱く、沸る自分になっていた。

その勢いは日に日に変化を繰り返しながら僕の中に根を張りつつあった。

苦しさに飲まれていった。


そんな日々の中でモヤモヤし、もうそんなこと考えたくもない!何も考えずただ山の中で楽しく生きていきたい!そんな叫びのような声が心の底から聞こえてきた。

町にいると、人と会っているとそのことをどうしても考えてしまう。

悶々とする思いを抱え、救いを求めるように、山へと逃げるように入っていった。

舞茸を探し求めて。


ブナとナラの大木が立ち並ぶ森の中、落ち葉が敷き詰められた柔らかい土を踏みしめ、葉と葉の隙間から溢れる陽光がどこまでも美しい。

呼吸が乱れ、整え、一心にのぼっていく。

揺れる草木も、苔に覆われた岩も、長い年月の中で動いていく大きな生命に、目に見えるもの全てが柔らかさ、優しさそのものだった。

そこに包まれると頭の中に沈んでいた重たいものがいつしか消えていた。

森の中を舞茸を探してただひたすらに歩いていた。


尾根沿いの切り立った崖を、芝木を掴みながら這い、ナラの大木を一本一本見ていく。山の中の長老達に会いに行くように。

何十年何百年生きてきたのか、どの木もどんな木にも大きな人生を生きてきた痕跡が刻まれていた。想像を絶する物語の中を生きてきて、今ここでそんな命と対面出来ていることがただただ素晴らしいことだった。


舞茸はそんな大木の根元にただ輝いていた。

その出会いのあまりの悦びにひとり山の中で歓喜した。

ひとりで山に入り、こんなにも状態の良い舞茸と出会ったのは初めてのことだった。

出会ったのか出会わされたのか。

山に入ったのか入らされたのか。

菌が菌を呼び合わせたのか。

菌に対する自分自身の向き合い方、あり方そのものがここに、その瞬間に繋がっている気がした。

山というものに何か計り知れない大きな繋がりを感じた。

そんな世界でこれから生きていこうと!と思った。


翌日、環が舞茸私も生きたい!というので連れていくととなった。

2人で山の深くへ入っていくのは初めてのことかもしれない。

急な斜面を下からゼーゼー言いながらついてくる。

僕はそのペースに合わせて離れないようにゆっくりとのぼる。

僕ひとりだったらどこまでもどこまでも歩いていけそうなものを、環といるとそうはいかず、なかなか進まない。

途中から藪の中を距離をあかして手分けをして探すことにし、目の届かない距離になると心配になる。

大丈夫か?とチラチラと環の方に意識を飛ばしながら、舞茸を探す。

途中大きな声で呼ばれて行ってみると、すぐ近くまで熊が近づいてきてて僕を呼んだらその声で逃げていったと言う。

意識があちこちに飛び、キノコに全く集中できず、探すのをやめて、もうこの時間を楽しむしかないなと吹っ切れた。

キノコは見つけられなくても、2人で歩けることそれだけでいい、これはこれでいいんだと。

山の中において、それは僕が環を信頼出来ていなく、そして環は僕を信頼していた。

お互いのそんな意識がこの距離感を作り、それをそっくりそのまま2人の今の関係性としてみることが出来た。

山を降りるとその立場が逆転し、僕は経験豊かな環を信頼し、環は僕のことを信頼仕切れないという。まだまだ経験が浅く、どこにぶっ飛んでいってしまうのか僕自身でもまだわからないのだから。今の僕らの生きるこの世界において勢いのまま突き進んでいく男を舵取りするのは女の人の方が向いているのかもしれない、そう思った。

お互いの距離感、関係性が形となり見えたからこそ歩み寄れることもあるのだろう。

山が沢山のことを教えてくれる。




みみをすます

奥会津金山町の山のてっぺんにある宿

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